2006年 03月 25日 ( 2 )
くまのプーさんを嫌っていた画家
AAミルン作クマのプーさんの挿絵画家EHシェパードは晩年プーさんを"that silly old bear"と呼び挿絵を描いたことを後悔していたという。

アーネスト・ハワード・シェパードは1879年にロンドンで生まれ王立アカデミーを卒業。1921年から1953年までパンチ誌(*)の政治風刺画を描いていて第一人者だった。パンチ誌の画家EVルーカスが知人のミルンから子供向けの挿絵画家を探していると聞きシェパードを推薦。ミルンはシェパードの起用に乗り気ではなかったが、ルーカスに説得され1924年にWhen We Were Very Youngが完成する。
ミルンはシェパードの作品の出来に満足していたが、2人の関係は決して親密なものとは言えず、シェパードは、「ミルンと会う時は毎回初対面のように一から始めなければならなかった」という。くまのプーさんのモデルはクリストファーロビンのくまではなく、シェパードの息子グラハムのくまだった。そのグラハムは第二次世界大戦で戦死する。

シェパードは2つの世界大戦の間も風刺画を描き続け同時のトップ画家だったが、1953年に編集長が交代し、クビになる。
その後、1976年に96歳で他界するまでの間に、彼は、くまのプーさんの挿絵画家としての知名度の方が高くなっていた。

(*)日本では、昔ポンチ画と言われたものですね。その語源かも。
The man who hated Pooh


that silly old bearと呼んだのは愛情の表れだと思うので、本当に嫌っていたとは思えないのですが、32年間の硬派政治風刺画家のイメージが薄れてしまったのが本人にとっては不覚だったのでしょう。
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by lisalisa9 | 2006-03-25 12:02 |  LOdds
ホットクロスバンよ、お前もやっぱりペーガンか
今回はちょっとニュースから離れて、季節の話題を。

最近でこそ一年中出回っていますが、ホットクロスバン(hot cross bun)といえばイースターのパン。

この、ホットクロスバンの歴史を辿るとかなり古いもので、古代ギリシャやエジプトに発するといいます。

古代ギリシャやエジプトでは、女神への捧げものとして小さなパンを作っていました。
イギリスでも、同様のパンはキリスト教が広まる以前から食べられていたそうで、ペーガン(ケルト族などが信仰していた)では儀式用の食物でした。
十字の入ったパンを食べたのは6世紀頃のサクソン族で、春の女神イオスタ(Eostre=イースターの語源でもありますね)への供物として月を見立てた形に作られ、十字は月の満ち欠けを表したのだといいます。

そして、キリスト教が入ったときに、十字架に見立てるようになったそうです。
エリザベス一世の治世には、ホットクロスバンはクリスマス、イースター、葬儀といった宗教儀式の時しか食べてはいけないという法律が定められたといいます。

で、これは、その食パン型ホットクロスローフ。
やっぱり白い十字が入ってます。

a0005086_9491273.jpg


中は、ホットクロスバンと同じで、カラントとミックススパイス、レモンピールが入っています。

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by lisalisa9 | 2006-03-25 09:36 | 英国の祭りと大会